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2005年5月5日 (木)

“炉裏メタラー”こと波蘭 瑞典さん(現楽独斗おにいちゃん)と合流、マシンガンズのライヴをスタンディングで楽しんで 参りました。

おっとこの話をする前に。
最初に合流したのは日本橋だったのですが、長い間待ち焦がれていた「アレ」が氏から俺へと手渡されました。

ヤベェ部分は折り曲げることによって隠してあるのです(隠せてない

クロハ、ルィヴァースィボォえっち抱き枕!

俺、絶頂。失禁寸前。
今まで他人からいただいたプレゼントは数あれど、満足度的にも大きさ的にも史上最大、未だかつてない規模でございます。
あ、中2のときに親父に買ってもらったドラムの練習パッドの方がでかいか(何
まぁそんなことを言ったら小学校入学時に買ってもらった勉強机とか昨年無償で作ってもらった親父特製オリジナル本棚 とか果ては自分の部屋とかキリがないので、単純に“家族以外の人間からいただいたもののうちでは”と考えてのこと ですけど。

で、合流まで命を懸けてコイツを運んでいただいた波蘭氏に敬意を表しつつ、以後俺が抱きかかえて運ぶことに。
やはり氏、ブツのデカさが周囲の人間を白けさせはしないかと懸念しておられましたが、日本橋というのは等身大ポップ ですらお買い物の一アイテムであるほどのトチ狂った 群雄割拠の街なのであります!

あ、もちろんコイツこのままでは運んでませんけどね(笑
波蘭氏が豪州へ出征する際に携帯されるというカバーと間に合わせのベルトで(失礼)包まれた状態で家まで持ち帰りま した。
流石に日本橋を離れ少し経てば周囲の視線も怪訝になってくるというものです^^;

一度家に戻り、GW休みで居座っていた親父に無理矢理ちまき1本と柏餅2個を食わされ、慌てて今度は南港はコスモス クエアにあるライヴハウス、ゼップ大阪に向けて出発。
コスモスクエア駅で16時頃氏と待ち合わせということだったのですが、事もあろ うにニュートラムに乗ったのが16時でした(死
という訳で約束の時間に半時間ほど遅れて再度合流。

一行(といっても2人しかいないが)はゼップ大阪を目指しいざ出陣。目的地に到着すると、そこにはマシンガンズのT シャツに身を包んだファン、マシンガンズのメンバーっぽくメイクしたファン、その他ゴツイ系の方が目立ちました。 意外だったのは、若いネーチャン系のファンが多かったことかな。

会場へと進入し、ロッカーに各々の荷物を置くや否や観客席のフロンティアを目指す一行。
そう、スタンディングだからただでさえ45分ほど立ったまま開演を待ち続けなければいけないというのに、その後行われる こととなる“狂演”をその時脚の痛みに必死で堪えていた俺が想像できたでしょうか。

狂います。
幕開けからいきなりファン、狂います。
俺、最初は心の中でボーゼン。
ややあって、俺の中で何かがぷちっと音を立てて切れました。
そして気付いた時には自分も狂っていました。

狂い続けること3時間弱。4度のアンコールも50度のアルコールもなんのその。
とか言いつつ声が出ないわ首根っこと腰が痛いわ耳鳴りがやまないわで仮死状態になっちまいましたとさ、俺。
対する波蘭氏は流石に慣れているといった状態。すげぇ。

一緒に食事する予定も立ててはいたのですが、夜も更けてきていたのでコスモスクエア駅にて解散。
ライヴは楽しかった。壊れるほどに楽しんだし、抱き枕も貰った。

でも俺ね。

電車賃ぐらいしか自己負担してないの。

もう氏には何と言っていいのかわからない。それどころか、これ以上の見返りを望まれているものだと考えてしまって 仕方がない。実際ギブアンドテイク主義な俺だから、「このご恩は必ず何らかの形で返しやす」と思わずにはいられな い。
だけれど氏、恩は仇で返してくれてもいいと仰るし、何より自分の楽しみに俺を巻き込んだだけなのだと仰ってくれ た。これほどまで寛大なひとには神でも敵うまい。

とか言いながら一方的に楽しみを享受してそれで終わり、なんてことはしたくありません。いつかきっと、何らかの 形で意趣返しをさせていただきますからね!(ぇ;違うだろ>波蘭氏

最後に重ねて、色々とどうもありがとうございました。