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2006年3月10日 (金)

そういえば1月の30日頃の日記でも書いたけど、今年でちょうど、俺が本格的にイラストを描く ようになってから10年が経つんだよな。

“本格的に”というのは自分の画風を追い求め始めたという意味合いで、 実は小学2年の頃からマリオを中心にセル紙を用いてなぞり描きをしてみたり、 コピーをしたりしていたので、“絵心がついた”のは今から10年ではなく14年前 ということになる。

最初は本当に、昼休みに女子児童が楽しそうにおしゃべりしながら黒板にチョークで 落書きするのを見て、メシを喰い終えるや否や運動場へ飛び出すタイプではなかった俺は 「俺もこーゆうの描いてみようかな…」と思う程度だったし、それに突き動かされ すぐさま漫研に入部!という“善は急げ精神”がある訳でもなかった。
(今の俺からすれば妙な話かもしれないが、当時は漫研に所属する児童に対して 「こいつらちょっと人間逸れててアブないんじゃねーの?」なんていう見解を抱いていました)

で、10年前イラストに目覚めた頃からゲームをだんだんとしなくなり、 落書き用ノートなんかを買ってせっせと女子児童の描くような絵に近づけられるよう 家で努力していた訳です。
その甲斐あってか、小学6年のある時、片想いだった意中の女子児童から、 「これ○○くんが描いたん?上手いなぁ」という、予想だにしなかったお褒めの言葉を いただきます。
舞い上がる俺。その後イラストがきっかけで卒アル製作委員の一人に抜擢され、 同じく当時からシュールなイラストを連発していたクラスメイトの男子M君に「共に 最強の卒業アルバムを作ろうではないか!」と鼓舞される。

しかし俺は結果として、卒アル製作には一介の助力もしませんでした。
なぜなら、仲間内でのみ評価してもらいたかった俺の絵が、学年全員の児童の目に触れ、 先生方の目に触れ、親の目に触れ、果ては20年、30年後の俺自身の目にも触れるだろうと いうことを考えると、恥ずかしくなって気後れを感じたから。

意中の女子からも「なんで絵描けへんかったん?」と詰問されるがこれといった弁明が できず、それ以降は卒業しても仲の良かった親友だけに絵を見せるようになってしまう。

俺の絵がアレになってきたのは、中学2年の頃だろうか。
小学校高学年の頃からすでに“裸足上履き”や“靴下半脱ぎ”といったコアなフェチシズムを搭載した絵を描くようになっていたが、 中2の頃から少しずつ女性キャラの露出度が高くなっていきます。
この頃最も好きだったのは、確か“ナース服”と“ルーズソックス”だったような気がする。

高2になり、自分のサイトを開いた頃から俺の絵は大きく変わります。
無論、“萌え”を追求したスタイルに。
『Kanon』や『AIR』『To Heart』といったエロゲ界の大御所的存在が決定的な要因。
タブレットやフォトショップの導入もあり、この年(2001年)は大きな転換期でした。

その後、5回ほどマイナーな雑誌に投稿した絵が掲載され、「俺って結構やるもんだな」などと 自画自賛しつつCG主体の活動期を経て、ラフ主体のまったりした現在に至る。

この10年間、周りのひとが描く絵と比べて見劣りしていても、デッサン面において物凄い狂いが生じていても、 俺は描き上げた自分の絵に対して「いい絵だなあ」という感情を抱くことを忘れなかった。
今もそうだけど、比べるのがあまり好きではない俺は、当時から自分の絵だけを見詰めて、 この部分は気に入らないからちょっと変えてみよう、などという試行錯誤を繰り返しながら 成長してきたのではないかと思う。もちろん、女子児童の落書きなしには今の落書きスタイル もなかっただろうから、彼女達の恩恵に与ったところは大きいけれども。

だからこそ、不思議にもまだ残っている10年前の絵と今の絵を見比べてみても “同一人物が描いた絵”という実感は強いし、その間の絵を見ても“俺っぽさ”が 欠けている絵は一枚たりとも見つからない。
それほど俺はアイデンティティというのを大切にしている。
これからも上達するかはどうあれ、得てして“俺らしい絵”を描いていこうという所存は 変わることはないだろう。

今から10年後、31歳の俺はいったいどんなイラストを描いているのだろうか。結構楽しみである。