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コミックレビュー編

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2006年7月4日 (火) : 仮面のメイドガイ(角川書店刊, 著/赤井丸歩郎)

うわっ濃っ。

こういうメイドものは初めて読んだ。いつか来るとは思っていたが
なんつうかこのコガラシという超人メイド、となグラの勇治くんとパラレルだね。 筋道立てた上でエロいことをやってるようだが、本能的な行動にも見える。まさにイケシャーシャーという感じか。
全編にわたりお色気ネタとどつきシーンが満載でハイテンションなコミック。
断じて剣道少女のスポ根漫画ではない。

一つ気になったのはアレかな。セリフ。
ヴォキャブラリーが豊富なのはいいんだけど、たくさんある吹き出しに ヴォキャブラリーを均等に鏤めてしまうと、キャラに個性は出てもキャラ間の性格の違いが 有耶無耶になっちゃうんではないかと心配してみる。 アルマの小説っぽい短所だね。こういうのは 特定のキャラだけ…たとえばコガラシさんの喋りにだけ適用してほしかった。

フブキさんはとても可愛いと思います。巨乳でなければ…。

 
2006年3月30日 (木) : ななか6/17(秋田書店刊, チャンピオンコミックス, 著/八神健)

帰りに堺の某も氏邸宅までチャリを走らせてコミックを 何冊か強奪お借りしてきたので、 ちまちま読んでいます。

今読んでいるのはうちの日記をよく読んでいたひとには「ありさのじじょう」でお馴染み、 八神健先生の「ななか6/17」。(うちの日記をよく読んでいないひとは寧ろこちらでお馴染みか)。

やっぱりアレですよな。
赤松先生がアスナちゃんになるの性格を受け継がせているように、ありさ(本体ではないほう) の性格は6歳状態のななかを受け継いでいるものと思われる。
こういう、作品を跨いで受け継がせるようなキャラの性格が、ある意味著者の「理想の性格」と 読み取れるだけに、例えば赤松先生の理想像は「ツンツンツンツンツンデレ(何」だったり、 八神先生は「のーてんき」だったり、コゲ先生は「天然」だったりするのだろう。

中身は王道ですが面白いです。王道こそ読者に感情移入を促す重要な要素なれ。
嫌がらせやケンカといった学校の“裏事情”に苛まれつつも、ななかの心と体を気遣うが故 自分で成長していこうとするねんじちゃん。一途でかっこいいですね。 元エリートヤンキーなだけに、彼の海と空がひっくり返ったような変貌振りと、 彼をそうさせたななか自身の境遇とのつながりが妙に憎いです、こんちくしょう。

あと雨宮さんのアピアランスはレイのパクリでいいんよね

 
2006年3月17日 (金) : 「ヒビキのマホウ」(角川書店刊, コミックスエース, 原作/麻枝准, 作画/依澄れい)

執筆陣タッグの豪華さが以前から気になっていたので、 麻枝氏の「old summer days」をアレンジしたこの機会にちょっと読んでみる。

氏がエロゲ界に入る前、学生時代にちまちまと執筆していた小説がもとになっているそうだが、 内容にネタ拝借が多く見られ、お世辞にもオリジナリティが溢れているとは言いがたい。
王道的な展開や「あ、これどっかで読んだ…」というような二番煎じっぽい場面やネタが 多く、人物関係においてもキャラ間の関係がいまいち掴みにくかったり、登場するシーンの バランスが良くなかったりするものの、やはり現在のKey作品をプレイしていても思うような 「なんでこうなるの?」といった展開も健在だ。さすが、この辺は麻枝クオリティと言えよう。

まあぶっちゃけ(「魔法陣グルグル」+「桃ちゃん先生」)÷2+少女マンガのエッセンス、と 書けば内容については説明できてしまうのだけども、鍵っ子なら読んでおいても 損はないと思う。
後半あたりから、否応無く麻枝クオリティを感じるはずだから。

 
2006年1月20日 (金) : グリムリーパー(角川書店刊, コミックスドラゴンJr,著/まりも)

テーマは「死神」。死神というと、「ブギーポップ」とか「水夏」を思い浮かべるが、 本作では人間の心を携えたまま死神にされた主人公=真一郎の敵対組織として 「グレた死神」を採用しているところにオリジナリティが光る。
与えられた「死神」というテーマを木の幹にたとえると、それぞれ違う向きに伸びている 枝となりうるこの3作品の肉付け方の違いは面白い。

死神を題材とした物語では、人間の命(魂)に対する価値観というのが重要なカギとなってくる。
連日連夜幾千、幾億もの魂を浄化処理しなければならない死神にとって、人間の命というのはたぶん、 パソコンと無縁なひとがソフマップでずらりと陳列されたノートパソコンを眺めたり、 1日6食の巨漢がスナック菓子一品のカロリーの値を見るような心境に似ているのではないか。
一方で人間の側には、誰しも自分と密接な関わりを持つ相手が、親族を含め少なくとも4,5人は いるはずだ。それらの「自分にとって重要な人間」の命は、他の面識もない人間の命よりも 遥かに貴ばれ、常に「重要としてくれている主人公」から別格の感情を以て守られようとする。
魂を処理するだけの死神と、自分にとって大切なひとの命をかけがえのないものとして考える 人間の、生命に対するそれぞれの価値観の軋轢から、真一郎は“火事場の馬鹿力”的な 強さを敵対する死神に見せつける。

また本作では、一見死神とは関係のないような、人間が「馬鹿」であることと「賢く」あるこ との本質なども表現されている。
人間はしばしば、自分が思い描くような青写真を見事に破り裂いてしまった他人を、 「馬鹿」であるとする。ではこの“誰かの計画を台無しにしてしまった”人間が「賢い」と 思われるためには、どうすればいいのか。答えは「馬鹿」の時の逆で、青写真を焼き増ししたり、 データ化した上でレタッチを施す、ぐらいのことをしてやればいいのだ。
要するに、他人に動かされるがままそいつの望みを叶え、あたかも自分まで嬉しがるような人間が、 自分では馬鹿だと感じても、周りにとっては「賢い」のである。
この“おだてる風潮”が作り上げてしまった現代社会の「賢い人間のイメージ」に真っ向から正拳突きを かますのが、真一郎と、彼をサポートする死神=さやちゃんの「馬鹿さ加減」だ。
他人の望みを反故にしてでもいい、自分が本当にこうしたいと思う気持ちと素直に向かい合って、 その結果自分を犠牲にまでしようとする。「馬鹿な人間」と「純粋さ」との間に渡された橋は、 忘れ去られた人間の心の奥底を再認識させるようである。

荒々しさを演出するタッチと、著者=まりも氏の心の叫びを紙面ながら圧縮することなく 反映したキャラ達のダイナミックなセリフ、ノリはまるで硬派な少年誌系コミックを読んでいる ようだ。
設定やストーリーは少年誌リーダーにも通りがよさそうだし、 普段こういったダーク路線のストーリーを敬遠しがちな萌えヲタ層には 真一郎の妹=千果の存在と、中盤あたりからの死神さやちゃんの 変わりようがヒットするかもしれない。

ただし、どのみちグロテスクやバイオレンスといったインモラルなシーンが苦手なひとにはちょっとお薦めできないだろう。
「寄生獣」あたりで吠えたひとは是非一読あれ。

 
2006年1月14日 (土) : 「ありさのじじょう」&「となグラ」

「ありさ2(ありさのじじょう)」(著/八神健,角川コミックス・エース)

ありさのじじょう

昔と同じ穏やかで控え目な性格をしているが過去に主人公=眞一朗と接点がないと言う「沢渡有紗」と、 有紗とはまったく同じ外見で眞一朗との想い出もはっきり覚えているが性格が正反対でとびっきり快活 な「沢渡アリサ」の2人のありさとの生活を描く、ちょっと風変わりな導入の仕方をする作品。
懐かしさから前者の有紗を選ぶのか、それとも思いっきり砕けた接し方をするアリサを 選ぶのか、眞一朗の決断は果たして…!という内容ではありません(ぉ
双子よりも選択に困りそうな2人から、1人を選ぶということは普通できないだろう。
本編でも、どちらが眞一朗の側に残るのかは運命的に決まっていて、 もう片方は、ある“役目”を終えた時にその姿を消すことになる。
その“役目”のためだけに生まれてきたのに、眞一朗に対して抱いてしまった、数え切れない種類の 感情。消えなければならない運命を辿った方の“ありさ”にとって、自分の“役目”の比重は 積み重ねてきた幾多の感情からすればどれほどちっぽけだったことだろうか。
人間が心を持っていることの本当の大切さを再認識させられる、ハートウォーミングな物語である。

「となグラ!」(著/筧秀隆,CR comics)

となグラ

「隣暮らし」だから「となグラ」なのだろうか。
隣り合う家の片方が引っ越した場所にもう片方の家が引っ越してきて、再びお隣さんになるという 場面で幕を開ける本作だが、俺にはそう解釈されて仕方がない。
内容の方は…ナンダコレ、という第一印象。
3人いるメインのヒロインは設定がしっかりしていて、エロゲのヒロインになっても違和感が ないほどのキャラ(外見でなく中身のことね。外見はありがちだし…)の作りこまれようだが、 なんなんだこの主人公は。
ここまで変態、いや女癖が悪い男子には、2次元でも3次元でもそうそうお目にかかることは ないだろう。堕ちるところまで堕ちてなお堕ちたがっているような、そんな印象である。 見ているこっちとしても「ダメだこりゃ」とか、そんなことを思ってしまう。
で、この主人公=勇治の妹、まりえちゃんときたらまた正反対で。クールな面持ちで絵の具などの模擬弾を 充填した銃をぶっ放すんだが、もう最高。俺も撃ってほしいです、なんか失態犯した時に。
まあなんというか偶発的なエロネタをかます「今日の5の2」や「ラブひな」とは違って、 明らかに積極的に、やりましょうやりましょうみたいな感じで変態的なことをやって退ける 勇治が、バカ過ぎて笑えるかもしれないし、俺のようにこれはちょっとウザイだろう、と感じる ひともいるかもしれない。
また一つ、問題作となりそうなお色気コメディが出てきたものだ。

 
2006年1月13日 (金) : 陸上防衛隊まおちゃん(講談社刊, マガジンKC, 原作/赤松健, 画/RAN)

鬼瓦さんちのまおちゃん

俺はまおちゃんが大好きだ。

なんて言うとロリコン野郎カエレ、カエレと言われてぶっ飛ばされそうな気がするので 釘をさしておくが、恋愛感情は一切ありません。
確かにトレードマークともいえるぼりうむ双尾も印象的だし、俺が何より誉めそやしたいのが 彼女の不屈の精神力なのだが、どうもこの身分だと「ああ、微香さん、やっぱり『萌え〜』して るんだな」と誤解されそうなので一応。

そんなこんなでブックオフで3巻まで読んできました、「陸上防衛隊まおちゃん」。 今までなんか赤松先生本人が描いているものだと勘違いしていたのだけど、原案を出しただけの ようで。原作者としてしか扱われていないにしても、やはりあの構成力と設定、先生以外には たぶんできんだろうな。

最初に、これを読んだひとなら誰しも感想として書きたくなるフレーズを大きめのフォント で書くと、やはり

こんなようj…いや人間が日本に一人でもいたならばなあ!

だろう。
現世に生きる人間は皆利己的で、たとえ遠回りになったとしても、常にその網膜には利潤の ヴィジョンが焼きつけられている。結果主義なのだ。
結果をまず先に考え、そこに至ろうとするプロセスを組み立てようとする。しかし視線は常に 結果に注がれたまま。これでは、中途の段階が揺らぐのも必至である。

この結果主義に対して、鬼瓦まおちゃんは、今目の前で起こっている状況に最優先で対処し、 そこから結果を導き出そうとする、プレゼンス主義の持ち主だ。その心の中に欲は無く、 あったとしても自らの強い意志で押さえ付けてしまう。選択肢に損得でなく良心に基づいて 挑む、小学生ならではのバカ正直さが可愛くてたまらない。

それから、敵を敵としない価値判断、これも現世の人間には欠けている要素ではないか。
昨今の風潮では、向かい合うた者敵同士、徹頭徹尾詰り合うのが当たり前となっている。 口論、喧嘩、果てには戦争、こういった確執が絶えないのは、相手のことを見ていないから。 自分を正当化し、相手を悪だとする。この単純な思考回路から、戦争レベルの不和が生まれる とすれば、どれだけまおちゃんのような人間の存在が重要になってくることか。

まおちゃんは、小学生ゆえ、いくらスチール缶のように並大抵の力を加えられても凹まない 意志を持ち合わせているとはいえ、一人でいる時の寂しさというものを拭い切れない。
自分がやろうとしていることも、一人ではできない。みそらちゃんとシルビーちゃんとの 三幅対だからこそ実現できることも沢山あるし、幕僚長のおじいちゃん、 戦闘機の相棒みーくんといった味方はもちろん、 延いてはエイリアン製作部隊にエイリアンそのもの、AASSといった本来敵やライバルの関係に ある者にまで必要性を感じる、実はこれが重要なのだと思う。

現世では敵=不要なものとして排斥する風潮があるが、まおちゃんは敵さえも自分の行く先を 明確にさせてくれる先導者の一部だとして、敵との間に共通の理解を見出そうとする。
某のカードキャプターにもありがちな行動であるが、今はまおちゃんの話(ぉ
まったく逆の性質を持っているからこそいがみ合っているはずの敵から、あえて理解の糸口を 見つけ出そうとして、自分がこれだと信ずるものに、最後まで望みをかける。
この頑張りやさんな姿に健気すぎてマジに泣かされました・゚・(ノД`)・゚・ウォンウォン

ただのロリータ系萌えコミックと侮るなかれ。
現世の人間が忘れかけているものをまおちゃんが代弁してくれる、精神的に充実できる お話がてんこもりでありますよ、隊長!
…あ、肝心のラストでまおちゃんのようでまおちゃんでない言い回しにorz

 
2005年12月30日 (金) : コミックレビュー3連発

「イヌネコ。」(著/葉月京,角川コミックスエース)

イヌネコ。

主人公=寅一と、彼が思いを寄せるボインズギャァン系男性恐怖症美人教師=幸、 彼にブラコン気味な居候の不良従妹=マキノの三角関係が描かれる…のだが、 ただでさえフクザツな三角関係がひょんなことから起こる人格交替でさらに難しいことに。 人格交替によって初めて感じ取るお互いの生活環境に順応していく過程で、 三角関係はちょっと異質な発展の仕方をしていく。
シリアスな場面とギャグな場面の描写の差がはっきりとしており、メリハリがある。 さらに、全体を通して均整の取れた絵のタッチなども秀逸。犬と猫、三角関係、人格交替、 一人称ボクなどといったキーワードに反応するひとにはお薦めしたいが、主人公の寅一が 思いを寄せているのはあくまで巨乳教師の方なので、ボインズギャァン属性でないひとには ちょっと読み辛いかもしれない。
「巫女っす」と同じく風俗店なんかもネタに出されていてかなりエロマンガしてるので、 お子ちゃまは遠慮していただきたい。

「撲殺天使ドクロちゃん」(著/おかゆまさき,画/桜瀬みつな,電撃コミックス)
小説は結構名の知れた作品。
…であるが、正直このコミックは、笑えない。
ギャグがつまらないとかそういうのではなく、常人とは思えない趣向が見え隠れする。
コミカライズされたものなので元の小説を読んで好きになったひとしか読まないのだろうが、 よくもまあ原作を気に入った人間が居たものだなあと思う。
だって、なんの躊躇いもなく、人間を殺すんですよ。
それが天使の所業であるとはいえ、はたまたその天使が大ボケだからといって、 ここまで生命を粗末に扱ったストーリーは見たことがない。
俺は「やえか」のような生き物が生きていること、またはそのことによって生まれる喜びに 心を揺さぶられるタイプのヲタクなので、あまりこう、恬然と人の命を蔑ろにしてしまうような お話は好きではない。

「ぽてまよ」(著/御形屋はるか,アクションコミックスもえよん)
割と謎めいたコミック。
萌え系と言い切るには中途半端だし、どっと笑える訳でもなければ新たなフロンティアを 築いている訳でもなし。奇妙な半人半猫の生物が主人公に懐いている様は、 何か動物をテーマにしたストーリーを描いているようである。 恐らく、作者の御形屋氏が、こんな生物が現実にいたら…と妄想を巡らせる勢いのうちに このキャラや設定が生まれたのだろう。
特筆すべき点も見つからず、至って形に嵌まった4コマ漫画という印象だが、 そこはかとなくほんわりとした気分になりたいひとは読んでみてもいいかもしれない。

 
2006年12月12日 (月) : やえかのカルテ(角川書店刊, ドラゴンコミックス, 著/武田日向)

版権/やえかのカルテ

獣医になるため動物病院で働きながら日々お勉強なやえかちゃんの、とってもハートウォーミン グな物語。彼女は同僚の芹菜や院長の鈴乃先生の力を借りて、獣医に不可欠な知識を少しずつ 動物との触れ合いを通して学び、人間的にも成長していく。

動物そのものの描写が秀逸であるだけでなく、人間に干渉し過ぎず、また疎遠になり過ぎも しない動物との距離の取り方がうまく表現されていて、いわゆる「マンガっぽさ」を感じさせない 印象だ。
人間と動物、双方の多彩な表情や仕種を描き分ける著者=武田日向氏の、動物を大切にする 気持ち、なかんずく動物が好きだという気持ちが、登場するキャラ達にそっくりそのまま 反映されているようである。

やえかちゃんが動物との触れ合いを通して学んでいくことは、些細なことのように見えても、 実は彼女自身の人間的な器を大きくさせる要因になる。これは、普段そういった見落としがちな ことを意識しない(または、意識しようとしない)私達にとっても、考えさせられることで はないだろうか。少なくとも静月乃には、やえかちゃんやその友達=偲ちゃんが成し得た発見は その一つ一つが重みのある響きを持っているように思える。

たとえば偲ちゃんの、オルゴールが螺子を巻くたびにいつも同じ曲を、しかし決して怠ったりは せずに奏でてくれるところが好きだという考え方が、オルゴールが壊れることによって、 「いつも同じでなく、偶には変化のある事も起こっても良いのでは」というものに化けたり するところ。無難なルーチンワークを打破して、多少のリスクはあっても変わったことをやって みようと思い立ったことのあるひとは、B型の血液を持つ層を中心に多いはずだ。

明快な人間関係と繊細な心情、動物とのコミュニケーションや小粒でもピリリと辛い香辛料の ような教訓などなど、どれをとっても優しい心になること請け合いのコミックである。

で、結局やえかちゃんは何歳なんやろ…?

 
2005年12月11日 (日) : まとめていきますレビュー4連発

「巫女っす!」(2)(少年画報社刊,著/大橋薫)
8月にレビューを書かせていただいた作品の続き。実はあのレビューは1巻を読んだ直後に書いた ものなので、2巻の内容は踏まえていない。
1巻とは違い、俗世的な内容になっている2巻。というか、いわゆる裏社会というヤツが過不足 なく表現されていて、大阪で言うと宗右衛門町とか京橋をイメージさせる。 巫女や僧侶が新宿は歌舞伎町という歓楽街にいるだけでもミスマッチなのだが、 そこで繰り広げられるドタバタえちぃコメディは痛快だ。
内容からして1巻を味わっていなくても楽しめそうだが、サブキャラやキーパーソンの特徴 なんかも掴んでおくためには後に回す方が良いだろう。

「恋姫草紙」(メディアワークス刊,電撃コミックスEX,著/コゲどんぼ)
おおコゲセンセって時代物も書いてたのか!と思いきやすげえ有り得ない設定のオンパレード。 コゲさんらしい御伽っぽさと、和の古風テイストが混ざり合う、妙に取り合わせのズレた作品 である。
しかも、作中登場人物がバッサリ斬られるシーンもあったりで、無理矢理作風変えたのかな? とも思ったほど。でも「ぴたテン」などの作風が秀逸だったコゲ先生、流石にボケるところは ボケさせておいて、シリアスな場面ではとことん読者の感銘を呼び起こしてくれる。この展開は とても好き。
おまけ収録の「遥か…」では、「マンモス、倒しちゃった」に爆笑。

「ちょこパフェ」(まんがタイムきららコミックス、著/いずみ)
フランスからやってきたチョコ好き小学生と、和菓子店の孫娘の小学生の仁義無き店のお手伝い バトルのお話。チョコのためなら野を越え山を越え、大海越えてどこまでも!なエスプリを 持つヒロイン=千代子ちゃんが、時に健気で可愛い。
でも結構、サブキャラの36歳24歳 独身教師も2人に干渉してくる場面があって、欠けてはならない存在であるように思える。

「カフェスイートココマジック」(まんがタイムきららコミックス、著/星河あつき)
あるカフェで働くカニ好き食いしん坊と眼鏡っ娘オカルトウーマンと料理上手な女の子のお話。 先に紹介した「ちょこパフェ」の千代子ちゃんに比べ、こちらの食いしん坊=アイは胃袋の 限界を感じさせない掃除機口の持ち主。いいんちょもこのみもびっくりだ。
アイに四六時中付き纏う食欲に辟易する2人と、アヤメのオカルト振りに振り回されるミミ、 実はナイ胸なのを凄く気にしているアヤメ。それぞれのキャラの性質が引き立てられているのは いいんだけど、オチがワンパターンで飽き易いのが玉に瑕かな。

 
2005年12月8日 (木) : 今日の5の2(講談社刊, ヤンマガKC, 著/桜場コハル)

「みなみけ」では使われていなかったダイナミクスを演出するための表現が、この「今日の5の2」 では使われているようだ。ただし、驚きや失意の場合の表情をリアルに描くという手法で、 これは、同じヤンマガKCでは首領的存在である「行け!稲○卓球部」の古谷実氏の演出を 彷彿とさせる。同様のテクニックというか演出方法を使う先達が容易に推測できてしまうよう では、オリジナリティがあるとは言い難い。

ネタとしては、バイ・チャンス(偶発的)な下ネタが多く、 たまたまアラレもない姿を覗いてしまったり、たまたまスカートが捲れてしまったり、 たまたま金的を射止めてしまったり、とにかくあの手この手で些細な言動から下ネタに 繋げている点には熱心さが窺える。
が、これについても、同様のテクニックを操る先達が思い当たる。「ラ○ひな」の赤松健氏 だ。まぁ、同じ講談社のコミック誌だから、仕方がないといえば仕方がないか…?

登場キャラも多く、キャラ紹介の説明文を読ませた時点で2人に1人のリタイアを買いそうな 始まり方をするこの作品であるが、読み進めていけば、小学5年生という非常に感受性の強くなる 時期の行動とか、考え方とか、性への興味とかが絶妙に的を穿っていて痛快である。
同じく小5の時にストレスのあまり校舎の窓ガラスをぶち割ったり、 同級生の絵を見よう見真似でフェチシズム満点の絵を描き始めた静月乃には、 この時期における過去の自分に愛着があるというか、想い出を捨て難いところがあるので、 自分自身の過去を想起させるようで懐かしい気持ちにもなれる。

小5の頃に自分を飛躍的に変革させるような想い出があったひとには是非ともお薦めしたいが、 如何せんネタや演出方法がアレなので、大袈裟な笑いを求めているひとを除いて、という 注釈を付け足しておきたい。

 
2005年12月2日 (金) : みなみけ(講談社刊, ヤンマガKC, 著/桜場コハル)

某古書店で地道に探していた、講談社から出版されている「みなみけ」(著/桜場コハル)が2冊 ほど陳列されているのを発見したので、ちょこっと立ち読み。 「なんともいえんシュールさが結構ハマるから、見つけたら読んでみ」と友人に薦められていた のだけど、たぶん、氏にはいい返事を返せそうにない。

話自体は嫌いじゃなくて、むしろ好きな方なのだが、読み終わって、ある事に気付く。
「あ…一回も笑わなかった、どうしよ(汗)」

嫌いな絵でもないし、飽きる設定でもないし、話のテンポもよく、ギャグ自体も氏が仰って いた通りシュールだ。でも、どうしてか、「トリコロ」とか「つくねちゃん」の時みたいに プッと吹く気分にはならない。
そこで、某古書店での立ち読みでは前例の無い「読み直し」を実行してみた。 2巡目が終わって、また別のある事に気付く。それが、プッと吹かなかった原因にもなっていた。

私見で申し訳ないが、このコミックには一つ、ギャグマンガとして欠けている要素が有り、 それが作品全体のレベルを落としている…というと辛辣な批評になりがちなので、 それが作品全体を“控え目に見せている”とでも言ったら語気の緩和になるのだろうか。 要するに、運動神経バツグン、成績優秀で料理も美味しく作るアイドル並みのプロポーションと 顔を備えた女の子が、実は性格悪かったり、みたいな状態。 良い点を多く持っているのだけど、ある重要な一点を等閑に付したために、 全体としての見栄えがランクダウンしてしまっている、という。

で、勿体振っていないで早くその「一点」を吐けよ、と言われそうなので書いておくと、 「ダイナミクス」ではないかと思う。 音楽、特にオーディオ製作をやってるひとにはノーバウンドで伝わったかと思うが、 平たく言えば、「抑揚」「減り張り」といった要素が乏しいように思えるのだ。

シュールっていうのは、大それた言動を最小限の身振りのうちに遣って退けることを 言う場合が多いから、ダイナミクスを求めること自体間違っているのでは、と大半の方が 異を唱えることだろう。しかしながら、シュールなギャグがウリのマンガでも、 ある程度のダイナミクスがないと、却ってシュールな部分を目立たたせ損ねてしまう 結果を招くのではないかと、静月乃は考える。ダイナミクスの表現によって随所で盛り上がって いるからこそ、シュールなギャグが光るんじゃないか、って。

まぁマンガを描いた事のないチンカスの意見であるからして、説得力はないだろうけど。 もうちょっと盛り上げる部分は盛り上げといて欲しかったな、 というのが「みなみけ」を(2回)読んでの率直な感想である。

余談になるが、千秋ちゃんの性格は大好きです(笑

 
2005年11月20日 (日) : ツイてるカノジョ(角川書店刊, コミックスドラゴンJr, 原作/雑破業著, 画/藤真拓哉)

なつるたんその1

なつるたんその1

角川書店からまだ今年の上旬に発行されたばかりの、「ツイてるカノジョ」というのを読んできた。言うまでもないが、表紙の絵に惹かれて。

主な登場人物は、主人公+幼馴染みの王道コンビに、霊能力を持つ同級生を加えた3人。 ああ、霊能力者が現れるということは「憑イてる」なのね、と開始5分で呑み込み、 その後もベタな展開が続くのだろう、と思っていたが実はそうでもないよう。

霊能力というが、ダウジングなどの超能力に予知能力なども発揮、 更には成仏できずに彷徨う魂を体に憑依させて自ら意志を伝えるための媒介役となったり。 少し飛んだ設定ではあるが、ただの霊能力者では終わらないところが魅力的である。

で、ネタバレもある程度考えたほうがいいのだろうけど、 先述のアマゾンのリンク先にも書かれてあるのでこれは言ってもいいかな。 幼馴染み、1巻であっさりと殺されてしまいます。作者に。木から落ちたところをトラックに撥ねられ即死、というシチュエーションで。

登場したかと思いきやいきなり死んでしまっていささか不憫ではあるのだが、 先ほども書いたように、死者の未だ成仏できぬ魂を霊能力者のヒロインは自らの体に取り込むことができるという点で、 この事故は重要なキッカケにもなってくる。

まあそれ以上の内容は皆さん自身に確認していただくとして、 このコミックの特徴を率先して創り上げている霊能力クラスメイト=水織(みおり)の神秘なる力と、 主人公=詠太郎と幼馴染み=七弦(読み:なつる、個人的に「7弦たん」と呼ぶことにした{ぉ)の ほのぼの具合は一読に値するだろう。

 
2005年9月5日 (月) : 魔女っ娘つくねちゃん(講談社刊, アッパーズKC, 著/まがりひろあき)

つくねちゃんとココロちゃん

月例「今月はこんなコミックを読みました」、9月版。
今月は、シュールなギャグセンスが一部で評判 の「魔女っ 娘つくねちゃん」を読んでみた。

何かメインキャラに市長が居たり、「●ッティ・プロフェッサー」を彷彿とさせるネタがあったりと、 設定はとても飛んでいるのだけど、何の脈絡もなしにいきなりキャラを殺したり焼いたりしてしまう漫画独特の演出に クールさを感じる。無論、ギャグマンガ(と静月乃は見ているが)なのでいわゆる「あぼーん」とした死に方なのだが、 主人公のつくねちゃんはいちいちそれに驚かないし、それどころかしばしば張本人になったりもする。また、「一言多い」と いう言い方をよくするが、つくねちゃんが随所で(特に市長に向けて)放つこの「一言」がドライで笑える。 本人は意味がわからずに言っているのだろうか、いやわかっていたとしても、折に触れて付け加えられる「一言」と つくねちゃんの表情のギャップは現実世界では再現できない要素だろう。

こういうコミックって結構、主人公に著者自身が自分の性格を吹き込んでいる場合があるんだと思う。 主人公に何らかの性格を付与するとすると、その性格が今までに触れたことのないものであれば、どうしても違和感が 生じてしまう。別にギャグマンガに限った話ではないが、ギャグマンガだと一際、著者が容赦ナシに言いたい事を言う 性格を持っている場合に、主人公のキャラが引き立つ。つくねちゃん並びにその妹ココロちゃんも、著者から特別に魂を 注がれたに違いない。

 
2005年8月23日 (火) : 巫女っす!(少年画報社刊, 著/大橋薫)

巫女っす!

「巫女っす!」という漫画を立ち読みしてきた。先月の「ちまちまぱぺっと」に続き、何かと巫女モノに凝っているらしい。著者は大橋薫氏で、CGの練習のために教則本というかテクニック集というか、そういう系統の本を買ったことがある人には馴染みの深い画調が展開する。

ぶっちゃけ、「っすー」なんていう語尾を用いているあたり、天使と悪魔が同居する某コミックの天使の方を、そのまま巫女にジョブチェンジさせただけだというイメージがある。まぁその辺りは「ちまちまぱぺっと」よりも元ネタとの距離が遠いという直感でカバーするとして。

内容の方は割と面白いです。シスターMなんて小生の萌え属性とはまったく逆の線を行くキャラだけども、馬鹿さ加減には萌える。ヒロイン・ミコも、ミコを憎むエクソシスト&シスターコンビをも差し置いて、小生のドツボを衝いてくれたのがレイさんである。個人的に、ツッコミ所満載な気がして見ていて飽きないキャラだ。

なにかと登場キャラの間に凹凸があるというか、各々の個性が上手い具合に引き立てられているというかで、中弛みを招かない構成がなかなか良い。ここまで言い忘れていたが、エロ具合も良い。性的表現については控え目な方が好きだけど、たまにはこういったテンションの高いものも、気分転換にはいいんじゃないかって思う。

この漫画を読んで急遽、もえふつ23章の例文(comme siの項の一番下)を編集しましたとさ(笑

 
2005年7月5日 (火) : ちまちまはぺっと(メディアワークス刊, 電撃コミックス, 著/ひな。)

ちまちまぱぺっと」というコミックを読んでみた。

ひな。氏の絵に心を溶かされたM氏が衝動買い(俗に言う表紙買いというヤツか。エロゲのパッケージ買いに相当)したのだそうだが、いざ読み進めてみたら天使と悪魔が主人公の周囲でコメディを繰り広げる某漫画ライクで、おまけにメインキャラの性格にも萎えたとかなんとかで。即book offに売ろうかと考えたがどうせなら微香さんも読んでみれ、ということで貸してもらったというわけ。

確かに…基本的なネタについてはしっかりとかぶっている。その部分だけに注目すれば、これを粗相と呼ばずに何と呼ぶ、といった具合。ネタ拝借の許可を得ているのなら話は別だが…それでも盗作はいけませんよ、と突っ込みたくなるのはわかる気がする。

まぁ小生は中古で買った「まほろまてぃっく」を除けばもう2,3年コミックなどは買っていないので、最近どんなコミックが盗作臭くてどんなコミックがパラレルでどんなコミックがウケているのかがまったくわからないのだけど、これについては元ネタを既に読んでいるので「やけにツインテの多い漫画だなー」ぐらいの印象しか持てなかった。炉裏絵専門であるだけでなく、一貫してツインテールを描き抜こうとするひな。氏の精神には感服したけど、やっぱりやるんなら“ツインテールのちちゃいおにゃのこイラスト集”みたいなのを作ってくれたら逡巡ナシで買うと思う。マジで。